【パニック障害体験記⑤】強烈なストレスにより、パニック障害再発・・・

体験記 パニック障害体験記

留年生活に突入するも・・・

個人的には激動だった大学4年生が終わり、さあいよいよ卒業かと思いきや・・・

やってしまいました。
バッチリ留年です。。。

第1話からお読みになって、「ああ、パニック障害で苦しんで留年してしまったんだな・・・ かわいそうに・・・」と思ってくださる人もいらっしゃるかもしれませんが、、、

それだけでもありません。。。
以前チラっと書きましたが、パチスロに結構な時間を割いたことも大きな原因だったりします・・・・・・
わりと自業自得なわけです。。。
同情の余地なしです。。。

 

というわけで、大学5年生としての1年間がスタート。

この1年間ですが、最初の1~2ヶ月ほどは引き続き強烈にパニック障害の克服を意識し、継続的にジョギング・腹式呼吸・バランスの取れた食事・規則正しい生活等の対策を行なっていました。

しかし、時が経つにつれだんだんとパニック障害を意識することがなくなり、こうした対策を積極的にやらなくなってきました。

でも、これは非常に良い傾向だと思っています。

基本的なパニック障害対策を地道に続け、かつ普段の生活でもストレスを溜めないようにしていれば、いつの間にか妙な不安感やうつ状態は解消されやすいもの。

こういった流れから、自然とパニック対策から足が遠のくのであれば、これはこれでOKなのです。
いつまでも強く意識してしまい、パニック障害対策が第一、となっているのでは日常生活としては厄介ですし。

 

というわけで、この1年間はあまりパニック障害を意識することはなくなりました。

『大学5年生』という立場も良かったのだと思います。
留年したとはいえ、そこまで多く単位を残していたわけではなく、週に2回ほど大学へ行けば余裕で卒業できる状態だったので。

つまり、やたらと時間にゆとりがあったのです。

 

このゆとりを維持しようと思ったことから、就職活動についてもほとんど行ないませんでした。

なぜなら、、、、

経験された方はお分かりかと思いますが、就職活動というのは非常にストレスのかかる作業。
ようやく予期不安などが無くなってきたこの時期に、強烈なストレスがかかることは避けたかったのです。

「仕事は、パニック障害が完全に治ってからゆっくり探せばいい。」と考えるようにし、将来のことはあえてあまり意識しないようにしていました。
「人生は長いんだし、ここでも焦っても仕方がない。」と。

 

この割り切りのおかげか、ゆっくり自由に生活することができ、大学5年生の1年間はパニック障害に苦しめられることがほとんどありませんでした。

こう考えると、この時留年しておいてよかったなぁ、と。
学費を出してくれていた親には大変申し訳ありませんでしたが・・・・・・

パニック障害改善!就職活動開始!

時間的にゆとりのある生活だったため、わりと平穏無事に過ごせた大学5年生の1年間。

そのおかげで無事卒業は出来たものの、問題はここから。
就職活動をほとんどしていなかったため、プータロー状態なのですから・・・

ゆっくりと過ごしてきたおかげで体調はほぼ万全だし、薬なしでも平気で活動できる状態。
さぁ、ここからは甘えていられない。

自分に活を入れ、どんな仕事に就こうかと真剣に考え始めました。

 

いろいろ考えた結果、将来のために「英語」か「パソコン」、どちらかに精通したいと思った僕。
このどちらかを極めておけば、先々食うには困らないだろうと安易に考えたわけです。

で、僕が選択したのは「パソコン」。

なぜかと言いますと、、、

英語には、あの相槌みたいに使う「ア~ハン?」っていうのあるじゃないですか?
どうしても、あれを平然とやりきる自信がなかったんですよね・・・
生粋の恥ずかしがり屋なので。。。

あの「ア~ハン?」が存在する限り、僕が英語に手を出すことはなさそうです。

そんなわけで、将来に向けてまずはパソコンに詳しくなろうと決めた僕。
しかし、何をどうすればパソコンに詳しくなれるのか全く分かりませんでした。

何をどうすればいいか全く分かりませんでしたが、とりあえずプログラマにでもなって仕事としてパソコンを毎日使っていれば、イヤでも詳しくなるだろうと思い、プログラマという道を選択することに。

 

今にして思えば、そもそも「パソコンに詳しくなる」って表現もおかしいんですよね。

パソコン関連と一言で言っても、ウェブ系だったりハードウェア系だったりプログラム系だったり通信系だったりデザイン系だったりと、いくつものジャンルが存在するのです。
また、それぞれのジャンルの中でもさらに細かくカテゴライズされますし。

そんなことも知らず、ただただ「パソコンを使えるようになろう」とかほざいてた無知な僕。
痛々しさ炸裂です。。。

 

しかし、そんな痛々しさをそのままに突き進むことにし、早速プログラマになるための方法を模索。

ネットでいろいろ探してみた結果、プログラマの養成機関のようなところを見つけたため、迷うことなく早速応募。
これになんとか合格し、晴れてプログラマへの第一歩を踏み出したのです。

そんなきっかけからプログラマとなり、そこそこハードな社会人生活を開始した僕。
学生時代にはなかった緊張感や責任感の中、当然定時なんかでは帰れない生活がしばらく続きました。

といっても、プログラマにありがちな「納期前は一週間家に帰れない」みたいなことにはなりませんでしたが。
そこまで激しくならなかったのがせめてもの救い。

 

こうして、無事に社会人デビューを果たし、無難に社会人としての生活をまっとうし始めた・・・・・・のですが、、、

実は、社会人になってしばらくしてから付き合い始めた彼女がいたのですが、その彼女との同棲生活を開始したことによって思わぬ事態を引き起こすハメになるのです・・・

順調な社会人生活がスタート

そこそこハードながらも、順調な社会人生活を送っていた僕。
仕事面では非常に充実していました。

しかし、プライベート面で徐々に問題が出てきてしまい・・・

 

プログラマの養成機関を卒業した後、ある会社に正社員として入社した僕。
そして、半年くらい経ってから東京での一人暮らしを開始しました。

学生時代は親のスネをかじりまくっていた僕ですが、さすがに今度はちゃんと自分で貯めたお金です。

すると、それを知った昔のバイト先の知り合いの女の子から、「私も東京で暮らしたいから、ルームシェアさせてもらいたい」という申し出を受けたのです。

この子は元々地方に住んでいて、当時、一時期だけ東京の方に出てきていたのですが、事情があって再び地方へ戻っていました。
それでも、東京に戻りたいという思いをずっと持っていたようで、機会を窺っていたのでしょう。

幸い、僕の新居には広めのロフトがあり、僕一人で生活するには広すぎる空間だったので、この子の申し出を受けました。
僕は寂しがり屋なので、誰か知り合いが一緒に住んでいてくれた方が安心、と考えてしまい・・・

しかし。

この頃の僕が25歳、女の子の方が21歳。
かつ、この女の子は結構かわいいフェイスの持ち主。

こんな子と一つ屋根の下で生活を始めれば、何もないわけがありません。。。
数週間後、普通に付き合っておりました。。。

と、ここまでならただのノロケ話で終わるのですが、、、

まさかここからの彼女との同棲生活が原因で、僕のパニック障害が激しく再発するとは、この時は夢にも思いませんでした・・・・・・

クセが強い彼女との同棲生活によって・・・

同居の結果、付き合うことになった4歳年下の彼女。
この彼女との生活も、最初の数ヶ月間は非常に楽しいものでした。

しかし・・・
雲行きが怪しくなってきたのは、同棲生活が半年ほど経った頃。

この頃、仕事上の飲み会などで僕の帰りが遅くなることが多かったのですが、その都度彼女が凄い勢いで突っかかってくるようになったのです。

飲んでいたのはどこの駅のどの店で、同席してたのは誰と誰と誰なのか。
そのうち、女は何人いたのか。
その女たちに彼氏や旦那はいるのか。

帰宅するなり、これらの質問が矢継ぎ早に飛んできます。

仕事を終え、その延長で仕事上での付き合いの飲みに参加し、へとへとで帰ってきてるのにこの追及。
最初こそなんとか我慢していたものの、こんな理不尽な追求が数週間続いた頃には、もう我慢の限界を迎えていました。
ストレス溜まりまくりです。

 

すると・・・・・・

ついにこの頃から、再び予期不安が出るようになってしまったのです。

電車に乗る時、行列に並ぶ時、美容院へ行く時などなど。
いちいち「大丈夫かな・・・・? パニック発作が起きたりしないかな・・・・?」と不安になってしまうあの予期不安が。

当然、この頃はもう彼女との仲も冷え切っています。
たまに仲良くなる時もあるのですが、基本的には顔を合わせればお互い罵り合うような状態で、もはや僕の中では彼女を女性として見ることはなくなりました。

そして、こんな無意味な同棲状態がなんと2年近く続いてしまいます。

「なんでダラダラ付き合ってんの? さっさと別れればいいじゃん!」

と言われるかもしれませんが・・・

ええ、もちろんそうしようとしました。
何度も別れ話をしました。

でも、その都度彼女から「絶対別れない」「それはイヤだ」と突っぱねられ、そこから突っ込んで話をしようとするとヒステリーを起こされる、という状況だったのです。

僕がやたらと惚れられている、というよりも、彼女がただ意地になっていただけなのでしょう。
「相手から言われて別れるのはイヤだ」みたいな。

 

こうして、もはやなんの愛情も持っていない相手との半ば強制的な同棲生活を強いられるようになった僕。
非常に強いストレスにさらされていた状態ゆえ、僕のパニック障害は完全に再発してしまいました。

デパスに頼ることも多くなり、時には全く何もやる気が起こらなくなったり不安でいっぱいになって動けなくなったりという状態に陥る日も増えてきました。
いわゆる二次的うつ状態。

仕事も休みがちになり、同僚や上司たちにかなり迷惑をかけてしまっていました。
そして、「周りに迷惑をかけている」という感情が、僕のストレスにさらに拍車をかけます。

 

このままじゃいけない。
これじゃまたあの学生時代のどん底状態に逆戻りだ。

このような危機感を持った僕は、ついに「ある行動」を取ることにしました。

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